ユネスコ世界文化遺産 古都奈良の文化財

復原大極殿 平成時代 2010年 平城宮歴史公園 (Photo by Miro Ito)
元興寺 地蔵会万灯供養(撮影協力:元興寺 Photo by Miro Ito)

1300年の信仰の形が生きる 類い稀な文化景観

「古都奈良の文化財」は、8つの資産で構成されています。シルクロード東の終着点として、都のおかれた710年から784年まで栄華を極めた古都奈良・平城京の姿と同時に、自然と密着した日本の信仰の伝統的な形をいまに伝えるものです。

古くは8世紀初頭からの建造物と美術、伝統行事、自然が一体となった、類い稀な文化景観を誇り、1998年12月に、ユネスコ世界遺産に登録されました。

敷地が史跡に指定されており、国宝建造物を有する資産

  1. 東大寺(とうだいじ)
  2. 春日大社(かすがたいしゃ)
  3. 興福寺(こうふくじ)
  4. 元興寺(がんごうじ)
  5. 薬師寺(やくしじ)
  6. 唐招提寺(とうしょうだいじ)

特別史跡・特別天然記念物に指定されている資産

  1. 平城宮跡(へいじょうきゅうせき)
  2. 春日山原始林(かすがやまげんしりん)
春日宮曼荼羅 鎌倉〜南北朝時代 14世紀、  春日大社所蔵(撮影協力:春日大社 Photo by Miro Ito)

8世紀の首都の物語を伝える建築物と史跡

奈良の世界遺産の大きな特徴は、春日山原始林を街中に抱きながら、今日まで1300年来、かつての首都の形が残されている点です。

710年の平城京への遷都に伴い、新しい宮殿とともに計画的に建設(移築)された木造建築群や史跡が、1300年の歴史とともに維持・修復・復原されています。

この時代の木造建造物は、中国や朝鮮半島には残っておらず、自然景観と都市の調和、首都の復原と保全において、東アジアの古代首都の中でも、類例のない遺産といわれています。

東大寺法華堂 秘仏 執金剛神立像(毎年12月16日開扉)国宝 8世紀 (撮影協力:東大寺 Photo by Miro Ito)

東西南北の文化交流の貴重な証

奈良の世界遺産には、シルクロード由来の文物が数多く残され、国際交流の貴重な証となっています。奈良時代(710-784年)の日本の首都・奈良では、唐の影響を色濃く受け、長安に倣った都の建設や建築様式から、仏教とともに発展した学問・美術・技芸に至るまで、最先端の文化の粋を接収しました。遥かローマやペルシャからの影響をも伝える、国際的な天平文化が大きく花開きました。

東大寺二月堂 修二会のお松明 (撮影協力:東大寺 Photo by Miro Ito)

信仰と伝統が一体化する世界遺産群

奈良時代は、聖武天皇の大仏造立の詔(743年)によって、飛鳥時代白鳳期からの仏教政策がさらに進展し、仏教の教えと神道の祭祀伝承や自然崇拝が共存する、神仏習合の日本的信仰のかたちが開花しました。

奈良の世界遺産の寺社では、建造物や彫刻といった有形遺産だけでなく、東大寺二月堂の修二会(お水取り)に代表される、1300年近く続く伝統行事が行われています。

仏と神々、祈りと懺悔 、過去と未来が交差する奈良は、1300年来の信仰と伝統が一体化して、今日に続く有形・無形の遺産の宝庫です。

シテ方金春流能楽師 金春穂高「翁(白式)」(Photo by Miro Ito)

神仏習合の芸能の発祥の地

御能は、仏教行事「修二会(しゅにえ)」の咒師(しし・しゅし)走りを起源とします。修二会自体は奈良時代に他の寺院でも盛んに行われており、前述の752年に始まった東大寺の修二会以降、868年(平安時代)には、興福寺西金堂修二会において、咒師走りが奉納された記録が残されています。

咒師走りは、時代の変遷とともに、猿楽師によって演じられるようになって咒師猿楽となり、鎌倉中期以降には、翁猿楽や追儺(鬼追い式)での芸ともなりました。14世紀以降、観阿弥・世阿弥の時代になって猿楽能として大成され、今日の演劇としての能楽の形式が成立しました。(1)

その後、江戸時代までの「猿楽能」の呼称は、明治時代(1881年)の能楽社設立を機に「能楽」と言い換えられました。

註-1 MIRO ITO著『隠し身のしるし(Signs of the Intangible)』(目ディアアートリーグ 、2023年1月)より抜粋

東大寺盧舎那仏 国宝 8世紀(修復12・16-17世紀) (撮影協力:東大寺 Photo by Miro Ito)

人類史における貴重な再生のシンボル

聖武天皇は、仏教を通じて国を治め、国造りを行うべく、全国に国分寺と国分尼寺をつくりました。その中核として、いわば総国分寺となったのが東大寺です。地震や旱魃、飢饉や疫病が蔓延した困難な時代に、盧舎那大仏が造立されました。

動物も植物も生きとし生けるもの全ての繁栄を願う、聖武天皇の思いと一体となって、延べ260万人が大仏と大仏殿の造立に参加しました。その台座には、宇宙全体の姿を象った蓮華蔵世界が象られています。その後、二度の戦火で焼け落ちながら、鎌倉時代(13世紀)と室町・江戸時代(16−17世紀)に修復され、人類史における貴重なシンボルとなっています。