飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群

6世紀末~8世紀初め、東アジア諸国との文化・技術面交流を示すとともに、遺跡の変遷によって、古代国家の成立がわかる唯一の例として、2024年に、ユネスコ世界遺産入りを目指しています。

高松塚古墳 西壁女子群像複製陶板 (8世紀初め頃の原画は国宝) 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館蔵 (Photo by Miro Ito)

日本国の形成と成立

「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」は、宮殿・都城、祭祀空間、宮廷庭園、迎賓空間、仏教寺院、墓陵といった遺跡群で構成されています。これらの遺跡における、長年の発掘調査と研究の結果、律令制による統治機構を整えた統一国家「日本」の成立の過程が明らかになりました。

国家成立の過程を証明する遺跡群

■ 宮殿と官衙ー律令国家の中枢機構の形成過程を証明

飛鳥宮跡

飛鳥宮跡苑池

飛鳥水落遺跡

酒船石遺跡

■ 律令制による宮殿の成立

藤原宮跡・藤原京朱雀大路跡

大和三山

高松塚古墳出土 海獣葡萄鏡  重要文化財 8世紀初め頃 ©︎奈良文化財研究所 飛鳥資料館(Photo by Miro Ito)
高松塚古墳(Photo by Miro Ito)

東アジア文化圏の形成

当時の東アジアでは、中国(隋・唐)王朝の統一に伴い、朝鮮半島の覇権をめぐって近隣諸国が対立を深める激動の時代でした。周辺諸国が自国の存亡を賭けて、中国からの最先端の文化を接収し、強固な国づくりを目指していく中で、中国王朝を中心とする「東アジア文化圏」が形成されました。日本も隋や唐に倣って、国家の基礎を作り上げました。

律令による墓制の変化を示す遺跡群

■ 伝統的な墓制の継承と変質

石舞台古墳  菖蒲池古墳

■ 新しい墓制への移行・展開 八角墳・壁画古墳

牽牛子塚古墳   天武・持統天皇陵古墳   中尾山古墳

キトラ古墳   高松塚古墳

川原寺裏山遺跡出土 方形三尊塼仏  明日香村教育員会所蔵(Photo by Miro Ito)

花ひらく仏教文化

飛鳥・藤原京では、出土品によって、東アジア諸国との交流の歴史を辿れるほか、仏教の受容と氏寺の成立を経て、官立寺院の設立など、国家構想を担う最先端の学問・技術・芸術としての、仏教文化が大きく開花しました。

国家宗教としての仏教寺院の遺跡群

■ 仏教の受容

飛鳥寺跡 橘寺跡(橘寺境内)

■ 氏寺の成立

山田寺跡 川原寺跡 檜隈寺跡

■ 国家寺院の成立

大官大寺跡 本薬師寺跡

主な構成資産群ー飛鳥京

飛鳥には、律令国家への道のりを照らし出す、貴重な遺構が残されています。現在の奈良県高市郡明日香村にある、飛鳥宮跡(あすかのみやあと)の周囲には、祭祀施設や、庭園遺構、迎賓空間、水時計跡などが密集して造営され、当時の繁栄を物語っています。

飛鳥京跡 大井戸跡 (Photo by Miro Ito)

飛鳥宮跡

飛鳥京(あすかきょう)は、舒明天皇以来、694年の藤原京遷都まで、歴代の天皇の「宮」が置かれた日本の首都でした。

舒明天皇(即位629年)の飛鳥岡本宮(あすかおかもとのみや)をはじめ、皇極天皇(即位642年)の飛鳥板蓋宮(あすかいたぶきのみや)、斉明天皇(655年皇極重祚[ちょうそ])の後飛鳥岡本宮(のちのあすかおかもとのみや)の後、天武天皇 (673年即位) と持統天皇(690年即位)による飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらのみや)が築かれました。

飛鳥浄御原宮では、律令国家づくりの画期となる新しい諸政策が、694年の藤原京遷都まで行われました。

酒船石遺跡の石敷広場 西からの眺め (Photo by Miro Ito)
酒船石遺跡 岡の酒船石 (Photo by Miro Ito)

酒船石遺跡

斉明女帝時代(在位655年-661年)の後飛鳥岡本宮(あすかおかもとのみや)の北東の丘陵・岡の地には、石造りの儀礼空間が造園され、天武・持統朝に受け継がれました。

祈雨祭祀に使われたと考えられる亀形石造物のある石敷広場や、儀式用の酒船石(岡の酒船石)の二つで構成され、酒船石(さかふねいし)遺跡と呼ばれています。

 

水と石の都 飛鳥

飛鳥は 水の都であり、シルクロードにつながる石の都といわれています。

「鬼の雪隠(せっちん)」「鬼の俎(まないた)」「猿石」「亀石」「二面石」(橘寺境内)などの石造物があるほか、飛鳥時代の迎賓空間であった石神遺跡の「石造須弥山」「石造男女像」(飛鳥資料館にて展示)が知られています。

飛鳥宮跡苑池の出土品 噴水用と浴槽形石造物 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館蔵 (Photo by Miro Ito)

飛鳥京跡苑池遺構

天武天皇と持統天皇による飛鳥浄御原宮(あすかきよみはらのみや)の内郭と接する、飛鳥川の東岸には、日本初の宮廷庭園「苑池(えんち)遺構」があります。斉明朝に完成し、天武天皇によって 大改修がなされました。

古代最大規模の流水祭祀空間には、南北二つの池や水路、噴水施設、浴槽形石造物が設けられ、往時の宮廷生活の栄華が偲ばれます。

水落遺跡(Photo by Miro Ito)
漏刻の復原模型  ©︎ 奈良文化財研究所 飛鳥資料館

水落遺跡

苑池遺構の北側に、660年に中大兄皇子(後の天智天皇)によって創設された、日本初の水時計の建物跡「水落(みずおち)遺跡」があります。

四段式の階段状給水槽から、最下段の受水槽へ、銅管伝いに水が集められ、受水槽内の水嵩によって、時が計測されました。

この漏刻(ろうこく)の仕組みは、唐の太宗の治世(627–649年)に 考案され、日本に伝えられたものです。

金銅釈迦如来坐像 重要文化財 飛鳥時代 606年 飛鳥寺蔵 (Photo by Miro Ito)

飛鳥寺(法興寺)

7世紀の飛鳥では、伽藍を備えた日本最初の寺院である飛鳥寺(法興寺)が 中心的役割を担っていました。『日本書紀』によると、同寺は、用明天皇の時代(587年)に蘇我馬子により発願されました。609年の造立以来、日本最古の仏像・重要文化財「銅像釈迦如来坐像」が安置されています。

天武天皇の時代には、大官大寺、川原寺とともに、官立寺院に数えられました。平城京遷都後には、法興寺は現在の奈良市にある「元興寺」となり、中金堂にあった日本最古の仏像「飛鳥大仏」は飛鳥に残り、今日の飛鳥寺(正式名称は安居院 [あんごいん])となりました。

飛鳥池工房遺跡出土富本銭と鋳棹(飛鳥資料館) © 奈良文化財研究所 (Photo by Miro Ito)

飛鳥池工房遺跡

飛鳥寺に隣接する官営工房「飛鳥池工房」遺跡は、出土品を通して、天武・持統朝における古代国家の実像を、いまに伝えています。

飛鳥池工房跡からは、律令国家の成り立ちを解き明かす、大量の木簡が発見されました。

日本最古の鋳造貨幣「富本銭(ふほんせん)」も量産されました。貨幣鋳造に加え、金・銀・ガラス・銅・鉄などを素材に、多彩な工芸・工業品が作られました。飛鳥池工房は、白鳳文化(672-710年)を文物面で支えた、総合工房でした。

主な構成資産群ー藤原京

藤原京は、現在の奈良県橿原市から明日香村にかけて存在した、碁盤目状の条坊道路を持つ、東西十坊約5.3km、南北十条4.8kmに及ぶ日本初の都城でした。694年から710年の平城遷都まで持統・文武(もんむ)・元明(げんめい)の三代の天皇の宮でした。

16年の短い期間に、大宝律令の制定(701年)、遣唐使の再開(702年)、初の公的通貨・和同開珎(わどうかいほう)の発行といった諸政策により、律令国家が完成に至りました。

北の耳成山を背景にした藤原宮跡(Photo by Miro Ito)

藤原京跡

689年、天武天皇の意思を継いだ皇后・持統天皇により、飛鳥の北に新益京(あらましのみやこ)=藤原京が築かれました。

藤原宮は、大極殿を中央に配したほぼ正方形の宮殿(907m X 927m)でした。方格の宮の周辺には、中国・前漢末期の『周礼(しゅらい)・考工記』の影響のもと、大規模な都市機能が整備されました。

東西十坊約5.3km、南北十条4.8kmに及ぶ、日本初の都城でした。

藤原京の朱雀大路(中軸)の真南には、貴人たちの墓陵も計画され、天武・持統天皇陵(檜隈大内陵)や高松塚古墳が造営されました。藤原京は、710年の平城京遷都まで、首都として栄えました。

畝傍山をコスモス畑越しに眺める(Photo by Miro Ito)
天香具山を背景に藤原京を望む
畝傍山から耳成山を望む

大和三山

藤原京は、南西の畝傍山(うねびやま)、北の耳成山(みみなしやま)、東南の天香具山(あまのかぐやま)の大和三山に囲まれた中心に位置しています。

 

神武天皇ゆかりの聖地

天香久山の麓には、神武天皇(前660 ‑ 前585年)の国風諡号(しごう)にちなんだ「磐余(いわれ)」(1)の邑(むら)があります。この一帯の地域は、三輪山への信仰(山の神)から、古来、王宮の地として、ヤマト王権の何人からの大王(おおきみ)たちの聖地でした。

三輪山麓の磐余から難波に至る、大和盆地の東西を横断する古代からの横大路は、南北の「上ツ道」とそれに続く阿部山田道、「中ツ道」「下ツ道」と交割っています。これらの古道交通網は、藤原京の設計を考える上で不可欠なものであり、条坊内に取り込まれていきました。

註ー(1) 神日本磐余彦(かむやまといはれびこ)命(のみこと)(『日本書紀』 ),神倭伊波禮毘古命(かむやまといわれひこのみこと)(『古事記』)。

大和三山
名称 大和三山
高さ 香具山(152.4m)

畝傍山(199.2m)

耳成山(139,7m)

場所 奈良県橿原市
種類 史跡名勝天然記念物
指定年月日 2005年7月14日