目で見る日本の歴史「大和の考古学」

橿原考古学研究所附属博物館は、奈良県立橿原考古学研究所が1938年以降、実施してきた発掘調査の出土品を中心に展示を行う、考古学の専門博物館です。常設展「大和の考古学」は、日本考古学の基準資料を元にした「目で見る日本の歴史」そのものです。春秋2回の特別展をはじめ、発掘調査の成果を速報する「大和を掘る」などの特別陳列など、独自の企画展を開催しています。

高松塚古墳  西壁女子群像複製陶板 (8世紀初め頃の原画は国宝) 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館蔵(Photo by Miro Ito)

「飛鳥美人」を発見当時の鮮やかさで再現

橿原考古学研究所附属博物l間には、1972年に発見された高松塚古墳西壁の女子群像(通称「飛鳥美人」)を含む、極彩色の壁画類を発見当時の鮮やかさで再現した複製陶板が展示されています。

石室の壁画は、天井の星座(星宿)をはじめ、盗掘で破壊された南壁を除き、三方には青龍(東壁)、白虎(西壁)、玄武(北壁)が描かれています。東西の壁には、金箔をあしらった日像と月像、正装姿の男女の従者の群像が描かれています。

高松塚古墳は、藤原京(694 -710年)の時代に築造され、古墳は特別史跡(1973年)、壁画は国宝(1974年)に指定されています。

二光寺廃寺の復元塼仏(複製)、7世紀末頃 奈良県立橿原考古学研究所付属博物館(Photo by Miro Ito)
二光寺廃寺 大型多尊塼仏(複製)の部分

異彩を放つ5人の群像

奈良県御所(ごせ)市北窪で、2005年に7世紀末の古代寺院の金堂とみられる建物跡から、仏像のレリーフ「塼仏(せん仏)」(1) の破片約200点が出土し、遺跡は二光寺(にこうじ)廃寺」と名付けられました。中でも「大型多尊セン仏」(55cm 四方と推定)の一部とみられる、阿弥陀如来を守る神将5体が刻まれ、国内でも例の見られない異色の出土品です。5体の伎楽面を思わせるペルシャやインド系の風貌には、国際要素が詰まっており、当時の国際交流を物語っています。

 

※ 塼(煉瓦れんが)に仏像を浮き彫り状に焼き込んだ粘土板。型によって大量生産され、堂塔内部の壁面や仏像の台座にはめ込まれ、仏教の荘厳を表しました。中国六朝から唐代にかけて流行し、飛鳥時代に伝来し、川原寺や橘寺、岡寺のものが有名です。

当麻寺 大型三尊塼仏(複製)、7世紀、奈良県立橿原考古学研究所附属博物館蔵(Photo by Miro Ito)

白鳳期の仏教の荘厳を飾る

奈良・葛城地域には、二光寺廃寺をはじめ、当麻寺、石光寺、只塚廃寺、加守廃寺といった、塼仏の出土する古代寺院が数多く分布しています。飛鳥時代白鳳期に招来された、仏教の荘厳を飾る塼仏の多くには、金箔が貼られていました。

中国南北朝から作られ始めた三尊仏・五尊仏形式の塼仏は、奈良の川原寺・橘寺、当麻寺(たいまでら)、三重の夏身廃寺(なつみはいじ)出土の三尊仏や五尊仏が知られています。奈良の山田寺出土の連坐塼仏には、独尊・四尊・十二尊の形式がみられ、千体仏を構成していました。

飛鳥宮跡苑池の出土品 噴水用と浴槽形石造物 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館蔵 (Photo by Miro Ito)

飛鳥京苑池の噴水施設と浴槽形石造物

飛鳥京苑池は、飛鳥京跡の北西に隣接する飛鳥川の辺りに、日本初の宮廷庭園として造園されました。斉明朝に完成し、天武天皇によって 大改修がなされました。『日本書紀』に記される「白錦御苑(しらにしきのみその)」と考えられています(天武14年11月)。

南北約280m、東西約100mの範囲に及ぶ、古代最大規模の流水祭祀空間は、北池(南北約52m、東西約36m)と南池(南北約53m、東西約63m)を中心に、渡堤、水路、掘立柱ほったてばしら建物、掘立柱塀で構成され、噴水施設や浴槽形石造物が配されていました。五角形の南池の中島には、高床式の水上舞台が建てられていました。

橿原考古学研究所附属博物館 利用案内
名称 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館
住所 〒634-0065 橿原市畝傍町50-2
TEL/FAX 0744-24-1185/0744-24-1355
URL www.kashikoken.jp/museum/
営業 9:00~17:00 (入館は16:30まで)
休日 月曜日(月曜が祝日の場合は翌日)
臨時休館日(博物館の指定日)
年末年始(12月28日 ~ 1月4日)
料金 一般 400円(350円)
高校生・大学生 300円(250円)
小・中学校 200円(150円)
( )内は20名以上の団体料金
※特別展開催中は料金に変更あり
※先生引率の奈良県内小学・中学・
高校生等の児童および生徒は無料