写真集『隠し身のしるし Signs of the Intangible by Miro Ito』2023年1月30日発刊(表紙写真: 能「絵馬」シテ方観世流能楽師 武田友志)

発刊に寄せて
日本文化において、心と体は一つのものであり、神性・仏性さえも宿す独自の心体景観が培われてきました。東洋の伝統では、身体は、大宇宙の縮図としての小宇宙であり、修行の「場」として捉えられてきました。
見えないカミの語源が「隠身(カミ)」の一つとされる一方で、禅においては身心一如(道元『正法眼蔵』「辧道話」1231年)の修練において解脱が目指され、そこに武道の真髄も見出されてきました。
さらに即身成仏(生身の肉体のまま悟りに至る密教の奥義)に見られる「悟りの道」としての、身体のあり様があります。
こうした伝統を「隠し身のしるし」(1)と名付け、1400年前に遡って探求する写真集『隠し身のしるし Signs of the Intangible』がこの度、発刊となりました。

同写真集は、同名の世界巡回写真展の図録を兼ね、未発表の作品や新作を加えて、撮影のテーマについて作者自らが解き明かす芸術論を、エッセイとして書き下ろしています。

 

東大寺伎楽面 酔胡従 重要文化財 8世紀 (Photo by Miro Ito)

東大寺伎楽・春日大社舞楽面

副題「日本の1400年の心体景観」のとおり、合計106点(うち21点はエッセイ文中での解説用)の写真作品は、年代順に、1400年以上もの昔、シルクロードを経て、日本に伝来した伎楽・舞楽の古面から始まります

東大寺と春日大社からのご許可を得て、752年の東大寺大仏開眼供養会で実際に使用された東大寺伎楽面(重要文化財・8世紀)9面に加え、東大寺舞楽・陵王面(重要文化財・13世紀)と春日大社舞楽面6面(重要文化財・12世紀〜16世紀)を、写真作品として収録いたしました。

れらの写真作品は、2010年のCanon EXPOおよび平城遷都1300年記念事業で開催した写真展・映像上映「祈りと奉納のシルクロード 東大寺伎楽面・春日大社舞楽面」で発表し、奉納させていただいた作品が大半を占めています。

能から舞踏へ

古代の仮面芸能の流れを受け継ぎながら、奈良時代以降の神仏習合の伝統において仏教法楽・社頭奉納として発展し、中世に演劇として大成した能楽の写真作品も収録しています。

能楽の写真につきましては、2007/2008年のニューヨーク公共舞台芸術図書館での個展「Men at Dance — from Noh to Butoh(能から舞踏へ)」での発表のため、能楽師の方々をスタジオで撮りおろす機会をいただきました。

能「敦盛」シテ方観世流能楽師 武田文志(Photo by Mito Ito)

 

力演者は、奈良を本拠地とする金春穂高・シテ方金春流能楽師、また東京在住の武田志房(ゆきふさ)・武田友志(ともゆき)・武田文志(ふみゆき)シテ方観世流能楽師の方々です。

展覧会は、能楽が演劇として大成した14-15世紀から現代まで、約600年の隔たりがある能と前衛舞踏とを対比させたもので、二つの舞の対極的な形の中に、共通項としての「霊性」をあぶり出す試みとなりました。

覧会終了後は、舞台芸術専門図書館としては世界一の規模を誇るニューヨーク公共舞台芸術図書館に、全作品55点を寄贈しました。その中には、2006年のヴェネチア・ビエンナーレ(ダンス部門)の公式イメージとなった、室伏鴻とのコラボレーション「Quick Silver(水銀)」も含まれています。「Quick Silver」は同展が参加したNY Butoh Festivalの公式ポスターにもなりました。

Quick Silver (Dancer: Ko Murobushi/Photo by Miro Ito)

 

舞踏家・室伏鴻とは、上記の写真展のためのコラボレーション以外にも、何回かの撮影セッションを行いましたが、今回、未発表の作品も掲載しています。さらに写真集の発刊に際し、能の「花」と舞踏の「華」についてのエッセイも、新たに書き下ろしました

SAL VANILLA:ミクストメディアパーフォミングアーツ・カンパニー

デジタル空間での近未来の身体宇宙をテーマに、舞踏カンパニーSAL VANILLAとのコラボレーション作品も、収録しています

inter/action by Sal Vanilla (Photo by Miro Ito)

 

SAL VANILLA(サルヴァニラ)のカンパニー名は、スペイン語の「白い部屋」に由来しています。蹄ギガとKiK_7によって1994年に創設され、映像・サウント・建築・インタラクティブメディアなどのさまざまな分野のアーティストたちとのコラボレーションを展開。身体と空間が相互作用的に作り上げる先駆的な演目を、2005年の解散までに、国内外で合計16作品発表しました。

表作の一つである「inter/action」(2003年の六本木アリーナ杮落とし公演)を含む、舞踏家を仏像や群像肖像画に見立てた、未発表の作品シリーズを掲載しています。

 

時間の劇場 軍艦島

2015年に世界遺産に登録された長崎市の軍艦島(正式名:端島)の写真作品「時間の劇場」も、同書で発表しています

 

舞踏家・滑川五郎、KiK_7、山口タマラ三者による「近松祭in長門」での公演の後、軍艦島には1994年に訪れ、無人島となった20年後の弔いの舞を三人の舞踏家に託しました

舞踏家の身体は、時の行者と化し、記憶の幻影を宿す白昼夢となりました。折からの梅雨時の厚い雲間から偶さか差し込む太陽光のように、隠身のしるしが見え隠れしていました

 

Time Time Theatre (Dancer: KiK_7/Photo by Miro Ito)

 

人生の中で神懸かりのような体験があったとしたならば、軍艦島での撮影セッションは、間違いなくその一つで、まさに奇跡のような時間をフィルムに焼き付けることができました。

れらの作品群は、1997年フランクフルト日本文化週間での個展「身体という華(A Flower Named Body)」において、発表しました。
身体芸術における 東西の出合い

 

かつてドイツで写真アーティストとしてデビューをした私にとって、身体芸術における"東西の出合い"は長年のテーマとなっています。最初は空手有段者のイタリア女性とのセッションで「日本的身体言語(Japanese Body Language)」をテーマにミュンヘンで個展を開きましたが、その後、多くの前衛舞踏家との出会いがありました

2002年には、狂言師・総合芸術家の五世野村万之丞との邂逅をきっかけに、古典芸能との出合いがありました。その後、2005年より東大寺のお水取り(修二会)や春日大社・興福寺の薪御能をはじめとする、奈良の無形遺産を撮影しています。

うした延長線の上に、奈良の国宝・重要文化財の仏像を撮影させていただいている私にとって、「隠し身のしるし」を探る旅が続く一方で、常にギリシャ・ローマ的な「神の似姿である人体」の造形美の追求が、もう一つのテーマでした。


献花に代えて

世界的な舞踏家であった室伏鴻(2015年逝去、享年68歳)と滑川五郎(2012年逝去、享年61歳)は、すでに還らぬ人となっています。舞踏の歴史に残る、かけがえのない撮影コラボレーションをご一緒いただいたお二人への献花として、本書を代えさせていただきたく存じます。

Time Theatre (Dancers: Goro Namerikawa, KiK_7, Tamara Yamaguchi/Photo by Miro Ito)


メディアアートリーグの初書籍

 

本書は、メディアアートリーグ(発行)と本物の日本遺産イニシアティブ(編集)が発刊する初の書籍となりました

序文は長年の友人である森山明子 神戸芸術工科大学副学長(元武蔵野美術大学教授)が寄せてくださいました。エッセイは日本語と英語で書き下ろし、英語の編集・翻訳と校正は、Andreas Boettcher(トロント在住)が担当しています。齋藤知恵子による装丁は、私の著書では6冊目となりました

初版は、オンデマンド印刷を採用しています。本書の売り上げは、財団活動を目指す「メディアアートリーグ」および「本物の日本遺産イニシアティブ」の文化事業に充てさせていただきたく、皆様からのご支援をお待ち申し上げます。

 

後に、本書の謝辞において記載させていただいた多くの協力者や支援者の皆さまをはじめ、お名前を記していない方々もおられます。同書が完成に至るまでにさまざまな形でご支援くださった多くの皆さまに、心からの感謝を捧げます。(文中敬称略)

令和5年5月吉日
MIRO ITO (伊藤みろ)
メディアアートリーグ&本物の日本遺産イニシアティブ
©Photographs & Text by Miro Ito/All Rights Reserved.
註−1「隠し身」とは、見えないカミを表す「隠身(かくリみ)」を「現し身」と対比させた森山明子氏の造語。
※写真集は「本物の日本遺産イニシアティブ」のサイトからお求めいただけます。

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