天平彫刻を代表する国宝

東大寺ミュージアム 国宝 月光菩薩立像 8世紀(撮影協力:東大寺 Photo by Miro Ito)

天平彫刻における東西融合の証

7世紀後半から8世紀半ばにかけて、盛唐からの影響を色濃く受けたいわゆる「天平文化」は、平城京を中心に花開きました。絶頂期を極めた玄宗皇帝時代の唐は、西は中央アジアに及ぶ、インドからシベリアの一部までの広大な地域を勢力圏として治めたことから、西域文化が豊かに融合した多彩な文化が培われました。

こうした東西の交流・交易の遺産を今日に伝えるのが、東大寺・正倉院宝物や工芸品をはじめ、天平の彫刻群です。その最高峰として知られるのが、東大寺法華堂に伝わった日光・月光菩薩立像(現在は東大寺ミュージアムに安置)や執金剛神立像、戒壇堂四天王立像などの塑造の尊像群です。

日光・月光菩薩像 傑出した写真術表現に宿る生命感

天平彫刻の特徴は、隋代美術の影響を受けた飛鳥時代の仏像の童顔や子供のような体躯が、白鳳時代を経て、均整のとれた成熟した大人の姿に変化し、傑出した写実表現と生命感にまで高められた点にみられます。

この写実主義といのちの表現がどこから生まれたかというと、中国美術の基本をなす理念として、龍門奉先寺洞(現在の中国河南省、7世紀後半)を頂点とする、盛唐の仏像様式の影響が考えられます。

 

名称 国宝 月光菩薩立像
製作年 奈良時代、8世紀
種類 塑造・彩色
像高 204.8cm
所蔵場所 東大寺ミュージアム
指定日 1952年 3月29日
東大寺戒壇堂 国宝四天王立像・増長天 8世紀(撮影協力:東大寺 Photo by Miroi Ito)

戒壇堂四天王像 写実主義の先駆的彫刻作品群

仏像の起源は、紀元1世紀頃にヘレニズム文化の影響を受けたガンダーラ地方で(パキスタン)、ギリシア的な風貌の人体像が造られ始めたことによります。

古代ギリシア発祥の人体彫刻としての仏像は、石窟寺院や仏塔とともに、ガンダーラ(またはインドのマトゥーラ)から、中央アジア経由で東アジアへと伝播していきました。

戒壇堂の四天王像に見られるがごとく、東西文化の見事な融合から生まれた天平彫刻は、ギリシア・ローマ古典様式の復興芸術運動であったルネッサンスよりも700年ほど早い、東洋における現存する、写実主義の先駆的な彫刻作品群であるといいえるでしょう。

 

名称 国宝 四天王立像 増長天
製作年 奈良時代、8世紀
種類 塑造・彩色
像高 162.2cm
所蔵場所 東大寺 戒壇堂
指定日 1952年 3月29日
東大寺法華堂 秘仏 執金剛神立像(毎年12月16日開扉)国宝 8世紀 (撮影協力:東大寺 Photo by Miro Ito)

執金剛神像 人間洞察と写実の調和

天平彫刻の目指した写実といのちの表現に適していたのが、奈良時代の仏像製作の主流となった乾漆(かんしつ)や塑土(そど)などの材料でした。インドで始まった塑土を用いる技法は、西域や中国で流行し、敦煌や麦積山(ばくせきざん)をはじめとする石窟寺院に見られるものです。

塑像の最高傑作の一つであり、保存状態が最もよいものは、法華堂本尊像背後の厨子内に安置されている秘仏・執金剛神(しつこんごうしん/しゅこんごうしん)立像です。

 

名称 国宝 執金剛神立像
製作年 奈良時代、8世紀
種類 塑造・彩色
像高 170.4cm
所蔵場所 東大寺 法華堂
指定日 1952年 3月29日

一具であったと考えられる法華堂の塑像群

法華堂本尊の左右脇侍であった日光・月光菩薩や戒壇院四天王立像も塑像を代表する傑作です。これら七体の塑像については、「素材・技法・様式がほぼ完全に共通し、以前から当初一具であった可能性が論じられていた(1)」(稲本)と指摘されています。

 

註(1)「東大寺の塑像をめぐる諸問題」(稲本泰生・奈良国立博物館学芸部企画室長)(『奈良時代の東大寺』2011年、東大寺発行)からの引用

東大寺法華堂 国宝不空羂索観音立像 8世紀(撮影協力:東大寺 Photo by Miro Ito)

不空羂索観音像とシルクロード

活乾漆像では、法華堂の本尊である不空羂索(ふくうけんさく)観音立像がその最高峰とされています。一面三目八臂とする像高362cmの巨像で、羂索と呼ばれる投げ縄で衆生(人々)を「もらさず」救う観音像として、胸前の合掌の二手、体側に垂下させた二手、羂索や蓮華・錫杖・払子を持つ四手を備えた八臂(腕)がシンメトリックな広がりを見せ、逞しく重厚な上半身が際立っています。その八臂が視覚的なバランスを見せながら、表現として引き立てているのが、宝冠を掲げる頭部です。

頭上の銀製鍍金の宝冠は、霊芝雲風の唐草文を透かした蓮弁型挙身光(光背)を付けた、阿弥陀如来の化仏を中央に配し、網目に組まれた銀線には、ガラスを主体に翡翠・琥珀・水晶・真珠などの様々な1万数千個におよぶ宝珠が結ばれています。

その1/3のガラスは、弥生~古墳時代にかけて東南アジア、南アジア等から大量に搬入されていたシルクロード伝来のガラスと同じ組成であることが、近年判明しています。

 

名称 国宝 不空羂索観音菩薩立像
製作年 奈良時代
種類 脱活乾漆
像高 362.0cm
所蔵場所 東大寺 法華堂
指定日 1952年 3月29日
東大寺法華堂 国宝不空羂索観音立像 8世紀(撮影協力:東大寺 Photo by Miro Ito)

シヴァ神からヘラクレスへ

重厚な上半身は、豊かな造形表現の中に、緊張感溢れるエネルギーを漲らせ、下半身に対して圧倒的な存在感を放つ、インド的な特徴を備えているといえます。『不空羂索神変真言経』にしたがって、鹿皮(ろくひ)が左肩から背面左半分を覆う姿は、インドのシヴァ神との関連性が指摘されています。

このシヴァ神は、ギリシャ・ヘレニズム期の歴史家メガステネス(Megasthenes, c. 350 – c. 290 BCE)の『インディカ(Indika)』によると、ヘラクレスと同一視されています。

 

参考文献:「奈良時代の東大寺-その造形によせて」(梶谷亮治)および「東大寺の塑像をめぐる諸問題」(稲本泰生・奈良国立博物館学芸部企画室長)『奈良時代の東大寺』(2011年、東大寺発行)『法華堂の乾漆像』(町田甲一ほか、1974年、岩波書店)ほか

※上記の写真作品は、解説文とともに、世界巡回写真展「光と希望の道(Road of Light and Hope)」で展示、紹介されています。同展覧会は、2016年「国連 Vesak Day」を記念して、ニューヨーク国連本部で始まり、外務省在外公館、国際交流基金、日本カメラ財団等との共催で、世界10カ国11都市(12箇所)を巡回中です。